はじめに

年末に読んだすごく好きな記事↓↓

この記事では、情報の見せ方・管理方法として対照的な2つのUIが紹介されている。

  • タイムライン型:時系列に上から下へスクロールしていくだけのシンプルなUI。何も考えずに流し読みできる。
  • トポグラフィ型:情報が構造化・分類されたUI。検索や振り返りに強い。

なるほどなと思った。私は振り返りを重視するのでトポグラフィ型のUIを好んでいたが、タイムライン型のUIも良いなと思った。

触発されて、タイムライン型のUIをObsidianのプラグインとして作ったりもした。

本記事は、トポグラフィ派の私がタイムライン型を受け入れるまでの思考過程である。

過去の私

以前は「検索ベース」でメモを管理していた。何かを書く際に、まず関連する既存ノートを検索し、そこにリンクを張る形でメモを配置する方法だ。この方法では書くと同時にトポグラフィ(構造)が自然に出来上がる

具体的には2つのパターンがあった:

パターン1:書く前に構造を決める

なにか書こう

「〜について」書こうと決める

〜で検索 → 出てきたノートにリンクして書く

パターン2:書いてから構造に入れる

とりあえず書く

「〜について書いた」と気づく

〜で検索 → 出てきたノートにリンクを配置する

どちらも、書く行為とトポグラフィ化が同時進行している点が共通している。

トポグラフィとタイムライン

トポグラフィは言い換えると「構造化」である。振り返る時にただ羅列しているだけでは有用性がない。情報を再利用するためには構造化が必須だ。

しかし、現実世界は時間軸とともにまっすぐ流れている。実際の思考過程は「なにか書こう」の連続でしかない。過去の私のアプローチは、この連続する思考の流れを妨げないよう最小限のコストでトポグラフィ化するものだった。これはこれで悪くないと思う。

一方、Obsidian界隈には「デイリーノート派」が一定数いる。毎日の記録を日付ごとに積み上げていくスタイルで、まさにタイムライン型の思考に対応している。思考の流れを妨げないことを最優先にした方法だ。

では、タイムラインに生きながら(=流れのままに書き続けながら)、トポグラフィで記録する(=後から再利用できる構造を作る)にはどうすればよいのか。この2つは本質的に相容れない。どんな方法を採っても、結局はそのバランスの取り方が違うだけのように見える。

LLMという変換器

ここで、LLMが両者を橋渡しできるのではないかと気づいた。

引用記事では「LLMがトポグラフィをタイムラインUIに変換してくれる」とあるが、逆方向の変換も可能なはずだ。つまり、タイムライン(時系列の書き殴り)をトポグラフィ(構造化された知識)に変換してもらうことができる。

考えていることを時系列に書き殴る → LLMに構造化してもらう、というフローだ。このとき人間に必要なのは「どんな構造にしたいか」「どのニュアンスを残すか」の意思決定だけになる。ここが一番難しい部分ではあるが、少なくとも書く段階では思考の流れを妨げずに済む。

逆方向の使い方も有効だ。「資料はあるが何から手をつければいいかわからない」という状況では、資料をすべてLLMに渡して「やることを時系列に整理して」と頼めば、トポグラフィ(構造化された資料群)をタイムライン(次のアクションリスト)に変換してくれる。いわゆるバイブコーディングはこれに実行まで含めたものだ。

どちらの方向への変換も意識的に使い分けられると、頭の中がクリアになるだろう。

おわりに

まとめると:

  • 資料はあるが何から手をつければいいかわからない → 全部LLMに渡してやることを時系列に整理してもらう(トポグラフィ→タイムライン)
  • 書き殴りたいが後で再利用もしたい → LLMに構造化してもらう(タイムライン→トポグラフィ)

結局、私たちは1本のタイムラインの上に生きている。LLMはその流れを止めずに、必要なときに必要な形に変換してくれる道具として使えるのではないかと思う。